ミタカマグ

30代後半で、スタバの店長から農家に転身! 三鷹市野崎でキウイフルーツ生産と平飼いの鶏卵農家を両立する「吉野崇弘さん」

三鷹市野崎で、三鷹では珍しい平飼い卵を中心に、キウイフルーツと野菜を生産している吉野崇弘さん。スターバックスの店長から転身し、30代後半で家業を継いだ思い、7代目として次の世代のために取り組んでいきたいことなどを伺いました。

吉野 崇弘(よしの たかひろ)さん
1974年生まれ。大学卒業後スターバックスコーヒージャパン(株)にアルバイト~ストアマネージャーと約15年間12店舗で勤務後、2013年9月に就農。実家で父、叔父と共に営農している。東京都農林総合研究センターでの1年間の研修を経て、現在はJA東京中央会主催のフレッシュ&Uターン農業後継者セミナーを受講中と、常に勉強の日々。2017年4月よりJA東京むさし三鷹地区青壮年部組織副部会長。一男一女。趣味はマラソン、野球観戦、コーヒー。フルマラソンの自己ベストは2時間58分16秒(2012年東京マラソン)。野菜ソムリエ、アスリートフードマイスター3級、江戸東京野菜コンシェルジュ。

仕事も家庭も、不思議とタイミングが巡ってきた

–– 実家を継ごうと思われた「きっかけ」「経緯」を教えてください

吉野崇弘さん(以下吉野さん) 「これが」という決定的な理由があったというより、いろいろな要素やタイミングが重なってという感じですね。

私は3人兄妹の長男なのですが、妹2人が先に結婚して嫁いで行き、なんとなく「自分が継ぐことになるな」という雰囲気になっていった、というのがひとつ。もちろん、兄妹で長男で男1人だったので、中学生頃から何となく、自分が継ぐのかなあ、と感じてはいました。が、漠然と他の職業、特に普通のサラリーマンへの憧れもあったりしたので敢えて考えないようにしていました。

また、社会人になってからずっとスターバックスに勤務していて、退職前は店長をしていたのですが、10年20年先を考えると体力的に厳しい仕事であると感じ始めてもいました。

そんなときに、30代半後半で結婚して親になり、自分の働く環境や子育ての環境に向き合う必要が生まれました。そして、継ぐのであれば親がまだ元気で一緒に働ける間がいいと判断して、39歳の時に就農しました。

両親が元気で叔父も一緒に農業をしていましたし、私自身も仕事にかなり入れ込んでいましたので、三鷹のほかの若手農家に比べるとかなり遅くまで好きなことやっていたと思います。

親からも、「家を継いでほしい」というニュアンスのことは言われた記憶はありますが、明確に「農業を継いでほしい」と言われた記憶はなかったですね。もちろん、本心はわかりませんが(笑)

畑での野菜栽培、平飼いの鶏とその上のキウイ棚が共存する吉野さんの農地

大学卒業後、進路について考えながら、吉祥寺を歩いていたら…

–– 就職先としてスターバックスを選ばれたのは、どのような理由からですか?

吉野さん 先ほどの家を継ぐ際の話とかぶりますが、これも「なんとなく」なんです(笑)

新卒時の就活が不調に終わり、大学4年の秋から資格の勉強を始めました。しかし、卒業後の7月に受けた試験に不合格となり、そのまま次回に備えるか、別の道か、考える時間ができました。

そうして、「こうなったら、前々から行きたかったアメリカ留学のために、資格の学校に通いながらアルバイトでもしようかな…」なんて思いながら、吉祥寺をぶらぶらしていたところ、スターバックスに出会いました。

その前年、卒業旅行として中高時代の親友とメジャーリーグ観戦の米国旅行をしていて、シアトル・シカゴ・ニューヨークを旅したことがありました。そこでスターバックスを見かけ、なんとなくカッコいいなと思い、コーヒー好きでもないのに何店舗か利用していたのです。

その思い出があったので、日本に進出してどんどんお店を増やそうとしていることに興味を持ちました。あと、グリーンのロゴや雰囲気が率直にカッコ良かったというのも大きかったです。それから、吉祥寺で改めてお客として入った時に、「女の子が多くて、みんな活き活きと働いていて、楽しそうな職場だな」と感じたという理由もあります。中高6年間男子校で育ったもので(笑)

そんな出会いに、元々の新しもの好きな性格が相まって、スターバックスで働くことに決めました。自分が入った1998年10月頃は、日本に進出してまだ2年ちょっとで、30店舗くらいしかなかったと思います。

それ以来、本当に充実した仕事をさせてもらい、他企業への転職を考えるようなこともなく、「辞める時は就農する時だな」と思っていました。

平飼いの鶏たち

フットワークの軽さと対人コミュニケーション力

–– スタバ時代に得たスキルや知識で、今に活きていることはありますか?

吉野さん もともと接客が好きというタイプではなかったのですが、みなさんおわかりのように、笑顔と気づきが求められるお店ですから、そこは鍛えられました。そうして得たフットワークの軽さと対人コミュニケーション力は、庭先直売所に来てくださったお客様の対応はもちろんのこと、農家としての地域や農家仲間との付き合いで大いに役立っています。

直売所のお客様にこちらから声をかけて、リクエストに応じて販売機に入れていない野菜をすぐ採ってくるなんてこともありますよ。

また、自分の作ったものにこだわりや責任を持つ、周りを巻き込んで目標達成のためのアクションを実行する、といったリーダーの仕事から学んだことも、生産者として、あるいは都市農家として地域とつながっていく上で、とても役立っています。

そのほか、食文化への関心、生産者と消費者との適正な関係性についての意識、オーナーシップや経営感覚、お客様のニーズへの関心など、数え上げればキリがないですね。

吉野さんの庭先直売所

お客様とのコミュニケーションを活かした品種選び

–– キウイフルーツ・野菜に加えて、鶏卵も手がけられることになった経緯を教えてください

吉野さん 私が子どもの頃は、野菜をメインとして果樹はぶどうを生産していました。ぶどうは祖父が他界した際に相続で手放してしまった土地も含め、今よりかなり広く作付していました。あと、うども作っていたり、千葉県にも畑があって、さつまいもを作っていたそうです。しかし、ぶどうの生産は、袋掛けなどとても手間がかかります。そこで、三鷹の農家がキウイフルーツに取り組み始めた際に、キウイフルーツに切り替えました。

また、果樹と鶏の平飼いの併用ですが、これはもともと植木農家さんで始まった取り組みだと聞いています。雑草をついばんでくれて、鶏糞が肥料になるという、一石二鳥の方式ですね。それがキウイ栽培にも活かせるということで、我が家でも取り入れたようです。

キウイ棚の下は、鶏たちのお陰で草取りの必要がない状態

三鷹産「平飼い地たまご」への期待にしっかり応えていきたい

–– キウイフルーツ・野菜・鶏卵の中で、力を入れている、あるいはこれから入れていくものはどれになるのでしょうか

吉野さん 現状は鶏卵を軸に、野菜とキウイフルーツといった感じです。それは今後もできる限り維持していきたいと思っています。

鶏卵は、鶏を2-3年で入れ替える必要があるなど、なかなか手間がかかります。しかし、三鷹産の「平飼い地たまご」として、周りのお客様が寄せてくださっている期待やニーズの大きさを考えると、これは大切にしていかねばならないと考えています。

凛々しい顔立ちと、艶のある毛並みの平飼い鶏

人気の平飼い卵、6個入り300円と少し高価ながら常に需要が上回る

 
–– 農家としてこだわっているポイントを教えてください

吉野さん やはり、安心・安全ですね。庭先直売がメインなので、買いに来るお客様のニーズもそこが本当に高いと感じます。

それから、野菜に関しては鮮度ですね。時間帯やタイミングによっては、販売機いっぱいに補充したばかりなのに、10数分後にはもう空っぽということもザラなんです。

また、母屋・圃場・販売機が近距離なので、細かいニーズにも対応するようにしています。無人販売機ですが、補充作業も頻繁に行っているので、意外にお客様と話す機会は多いんです。お客様の側も、母屋が販売所から近いということで、「卵ないの?」とか「〇〇ないの?」と言って入ってこられる方もいます。

それから、機械が古いせいか、時折「お金を入れたのに開かないんだけど」と言ってこられる方も…、そういう時は言い訳せず(笑)、お詫びして素早く対応しています。

野菜はすぐに売れてしまい、取材日も販売機の中には1点を残すだけ

キウイフルーツは贈り物として各地へ、野菜と鶏卵は庭先で

–– それぞれの作物をどのようなルートで販売されているのですか?

吉野さん まず、野菜は全て庭先直売です。生産量も限られるので、出したものはみんなお買い求めいただけています。

また、キウイフルーツは、ある程度は庭先直売にも出していますが、地方発送が主になっています。三鷹の特産品ということで、地方の親戚やお友達への贈り物にご注文くださる方が多いですね。お歳暮シーズンなどはいつも箱詰め作業に追われています。

鶏卵については、定期的に注文のある菓子店や飲食店さんもありますが、出せる量に限りがありますので、それも数店舗にとどまっています。ですので、月に何度かまとまった数を卸す以外は、ほぼ庭先で完売している状況です。

「キウイフルーツ販売所」の看板には、地方発送終了の貼り紙が

 
–– 一般的な1日の流れを教えてください

吉野さん 現在(注:2月上旬)は農閑期なので、自宅で朝食をとってから圃場に出て、午前中の農作業。昼食で自宅に戻り、また圃場に来て午後の農作業をして、夕方に帰宅するという流れです。

昔からお付き合いのあるお店に限り、卵の配達を行っているのですが、農作業の時間を確保するために、午前中の早い時間に対応しています。

また、夏野菜の収穫がある時期、だいたい5月後半から10月頃までは、6時前に畑に出て収穫し、7時過ぎに庭先直売所に出してから朝食をとっています。キウイフルーツの果粉付けの作業も早朝に行っていますので、ゴールデンウィーク過ぎくらいから早起きになります。

今後、実家の敷地内で暮らす予定なのですが、今のところは食事のたびに自転車で5分程の自宅と行き来していて、その間に子どもの面倒も見て、良い気分転換になっています。

限られた作付面積で、いかに良いものを作るか

–– 農家としての「課題」を教えてください

吉野さん 私の場合、就農してから日が浅いせいもあり、栽培技術の向上が永遠の課題だと感じています。自分の代でこれ以上圃場面積を減らすようなことがないようにしつつ、野菜もキウイフルーツも良品率を上げていきたいですね。

具体的には、野菜に関してなら、病害虫対策、品種の選定、収穫適期の見極め、でしょうか。本来なら「基本のキ」である土作りについても、再度勉強し直し、実践していきたいです。

キウイフルーツに関しては、剪定や果粉付けなど時期に応じたやるべきことを、基本通りにやっていくこと。鶏卵に関しては、住宅街の中で鶏を育てていますので、病気を出すようなことがないよう、適切な施設管理が最大の課題です。

平飼いエリアの入口には、衛生管理区域の看板と消毒用の石灰が

 
吉野さん また、圃場面積に関連して、大きなテーマになりますが、相続や税金対策という課題もあります。市内のどこの農家も一緒だと思いますが、子どもの代までいかに農地を残していくかということです。うちの子が農業をやってくれるかどうかはわかりませんが(笑)、今は現役時代が非常に長い人生ですので、企業勤めなどを経験した上で、いずれは農業をやる気になって継いで欲しいというのが本音ですね。

自分もそうですが、長男というだけで、後を継ぐことについて周りから喧しく言われるのは、あまり気持ちのいいものではありません。また、継いでくれても、「仕方なくやっている」「やれと言われてやっている」というのは考えものです。ですから、100%自発的ではないにせよ、自らの気持ちで前向きにやってほしいと思っています。まだ小さいうちから、親心が先走りすぎだとは思いますが(笑)

毎年新しいことに挑戦を、そして、農家のファンを増やしたい

–– 農家として、これから考えていることについて教えてください。

吉野さん 毎年何か新しいこと、例えば新しい品種や栽培方法などにチャレンジをしていきたいです。私が就農してから新たに始めたこととしては、江戸東京野菜の栽培、パッションフルーツの栽培があります。

江戸東京野菜については、現状では、内藤とうがらしとのらぼう菜の2種だけですが、無理のない範囲で種類を増やしていきたいと思っています。

パッションフルーツは、近隣の生産者仲間から苗を分けてもらい、まだ販売できる段階には至っていないのですが、果樹の中では珍しく野菜の栽培スキルが活かせる要素もあるので、コツコツと続けていきたいです。

あとは、積極的な情報発信ですね。圃場をたくさんの鶏たちが元気に駆け回っていて、その上の棚でキウイフルーツを栽培していて、それがすぐ目の前の自販機で購入できる。消費者のみなさんにとって、これ以上の安全・安心はないと思います。

周囲にいる若いファミリー層や以前からの固定のお客様も含め、農家のサポーター、応援してくれる方々を増やしていきたいです。

そしてもう一点、これまで親が担ってくれていた地域とのつながりをしっかりと引き継いでいきたいと思っています。地元のつきあいやJAの青壮年部の仕事、地元の消防団活動など、若い頃は傍から見て大変そうにしか思えなかったことも、いざ就農して地元で暮らし始めると、その大切さやありがたみがわかるようになってきました。

我が家も自分で7代目になります。親が元気でいてくれるうちに、学べることをしっかり受け継いていきたいですね。

これから取り組んでいきたいことを話す吉野さん

特別インタビュ―:お父様(明義さん)にも伺ってみました。

今回、たまたまお父様も同席され、まちなか農家一行を歓迎してくださいました。

そこで、崇弘さんが就農されての思い、ご自身の自分たちの時代との違いなどを語っていただきました。

–– 崇弘さんの就農によって変わったことは何でしょうか?

お父様 息子の就農によって変わったこと、それは、新しい情報がどんどん入ってくるようになったことかな。今の若手たちは、地域を超えてお互い学び合っていると思うよ。

私が若かった頃、農家の息子は家を継ぐのが当たり前の時代で、今のように一旦外に出て企業で働くということはなかった。その分、今の若手たちは、ほかの分野の経験をうまく農業に活かしてくれているのだと思うけどね。

–– お父様が子どもの頃、また、農家を継がれた頃はどんな状況でしたか?

お父様 昔は、どこも今より広い畑を持っていたし、住宅化も進んでいなかったので、直売ではなく基本的に市場出荷だったよ。

また、野菜やキウイフルーツに至るまでに、様々なものが作られていたんだ。私が中高生の頃は養豚農家もかなりあったし、すいか生産が盛んだった時期もある。20代の頃からある時期までは、三鷹でもウドの生産がかなり行われていたしね。あちこちの農家にウド室があったものだよ。

吉野明義さん

 
–– 吉野さん、ありがとうございました。

吉野農園さんの生産品リスト
鶏卵、キウイフルーツ、(パッションフルーツ)、小カブ、コマツナ、サラダホウレンソウ、のらぼう菜、青首ダイコン、三浦ダイコン、聖護院ダイコン、紅ダイコン、紅丸ダイコン、ブロッコリー、ニンジン、キャベツ、カリフラワー、ジャガイモ、エダマメ、トウモロコシ、キュウリ、ナス、サトイモ、トマト、ハヤトウリ、オクラ、ゴーヤ、ロマネスコ、内藤とうがらし

吉野崇弘さんの野菜を購入できる場所

名称 庭先直売所「吉野農園」
※自動販売機のみの販売
住所 〒181-0014 東京都三鷹市野崎2-20-17


取材:米川充 / 横堀陽子 / 苔口昭一
文 :米川充 (校正:横堀陽子)
撮影:横堀陽子 / 米川充

この記事は「まちなか農家」からの転載です。

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